宮崎地方裁判所 昭和47年(ソ)2号 決定 1972年7月18日
抗告人
吉森治男
右代理人
佐藤安正
主文
一、原決定を取消す。
二、本件公示催告の申立を許す。
理由
一、本件抗告の要旨は次のとおりである。
抗告人は、昭和四七年一月一〇日から同年三月三〇日までの間に、抗告人肩書住所附近において、金額、振出日欄未記入、振出人欄には抗告人の捺印だけある(記名なし)別紙目録<略>記載の小切手(以下本件小切手という)を紛失した。
そこで、抗告人は、昭和四七年四月七日、日向簡易裁判所に対し、公示催告の申立をなしたころ、同裁判所は、同月二一日「本件小切手と称する書面には、支払地・振出地の記載および支払人欄に抗告人の捺印があるのみで、小切手としてのその他の要件を具備しておらず、小切手としての効力がないので、公示催告の目的とならない」旨判示し、右申立を却下する決定をなした。
しかし、抗告人は、小切手たることを認識して不動文字で印刷された小切手用紙の振出人欄に銀行届出の印鑑を押捺して、小切手の外観を作出したものであり、したがつて、抗告人は、本件小切手を善意に取得した第三者から小切手上の責任を問われる虞がある。してみれば、本件小切手についても、公示催告が許されてよく、前記決定は違法であつて、取消されねばならない。
よつて、抗告の趣旨のとおりの裁判を求めるため本件抗告におよぶ。
二、抗告人吉森治男審尋の結果および疎明資料によれば、次の事実が認められる。
抗告人は、別紙目録記載のように、金額・振出日未記入、振出人欄に抗告人の捺印だけある(記名なし)小切手用紙の綴つてある小切手帳(銀行から交付されたもの)を抗告人住居の炊事場の机の抽出しに保管していた。
(なお、右小切手用紙の支払人・支払地・振出地は、不動文字で印刷され、捺印は、銀行届出の抗告人の印鑑によつている)。
そして、抗告人は、医師としての医薬品代または家庭用品代などの支払の目的に応じ、支払の都度、右小切手用紙に署名し、金額および振出日を記載して振出していたものである。
抗告人は、昭和四七年三月三〇日に、右小切手帳から本件小切手だけとり去られていることを知つた。
抗告人は、同月二日から三日にかけて、盗難事故にあつておりその際、本件小切手も盗取されたか、あるいはその後に紛失したものである。
三、そこで、本件小切手につき公示催告が許されるかどうかについて検討する。
(一) 民事訴訟法第七七七条第一項、第七七八条第一項により、その所持する小切手を盗取されもしくは紛失した者は、最終の所持人として公示催告の申立権を有する。そして、このことは、小切手用紙に振出人として署名もしくは記名捺印をした後、他にこれを交付する以前に盗取されもしくは紛失した者についても、以下述べる理由により、同様であると解すべきである。
小切手の流通証券としての特質にかんがみれば、流通におく意思で小切手に振出人としての署名もしくは記名捺印をした者は、たまたま右小切手が盗難、紛失等のため、その者の意思によらないで流通におかれた場合でも、右小切手の所持人に対しては、悪意または重大な過失によつて同人がこれを取得したことを主張・立証しないかぎり、振出人として小切手上の債務を負うものと解される。
一方公示催告手続にもとづき除権判決を得た者は、その消極的効力によつて、無効と宣言された小切手については、すくなくともその判決後に当該小切手による債務を履行する必要がなくなる。
そうだとすれば、小切手に振出人として署名もしくは記名捺印した後、盗取されまたは紛失した者は、株券により義務を負担すべき証券の最終所持人に該当するわけでかかる者に対しても除権判決の前提たる公示催告手続の申立権を認めるのが相当である。
(二)、ところで、前記のとおり、本件小切手には、金額および振出日の記載がないわけであるが、本件のように銀行から交付された小切手用紙を使用して、その書面の外形上、未記載の部分が将来補充を予定されているものと認められる場合には、かかる書面であることを認識してこれに署名もしくは記名捺印をすれば、当然補充権を授与したものと認められ、したがつて白地小切手が成立するものと解すべきである。
しかし、本件小切手の振出人欄には抗告人の捺印のみあつて、記名がないのであるから、はたしてこれをもつて白地小切手が成立したと解しうるかどうかはさらに検討を要する。
小切手行為に署名とか記名捺印を要求する趣旨は、わが国の慣行による取引上の便宜にもとづき、専ら、署名とか捺印のそなえる個性により小切手面において本人の同一性を鑑別し、これにより小切手の真偽を判定させようとするものである。したがつて、署名および捺印のいずれをも欠けば、小切手行為が成立する余地はないが、記名は、それ自体非個性的なものであつて、小切手行為者以外の者にこれをさせてもよく、その意味では補充の対象となり、この点で他の小切手要件と実質的に異なるところはない。
そうすると、記名がなくとも、記名にくらべれば同一性の鑑別上、より個性的的な色濃いものとして、また流通意思の徴表としてより明確なものとして扱われている捺印のみによる白地小切手の成立を認める余地は充分考えられるが、すくなくとも、小切手たることを認識して、小切手用紙の振出人欄にみずから捺印し、小切手の外観を作出したものについては、小切手上の債務を負担する危険性が十分考えられる。
以上説示したところおよび本件小切手には番号が付されていて特定していることならびに除権判決制度の趣旨からいつて、本件抗告人にも除権判決の前提たる公示催告の申立権を認めるのが相当である。
してみれば、本件公示催告の申立を却下した原決定は不当で本件抗告は理由があるから、原決定を取消し、主文のとおり決定する。
(舟本信光 武内大佳 浜崎浩一)
目録<略>